なぜか桜の写真を載せてみます

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天気も優れませんし、コロナ19のこともあるし、少しは心の曇り除去になれるかな~と思って、この前に撮ってきた桜の写真を載せてみます。すべて今年の関東地域の桜で、似たような地形の2ヶ所から撮ったものです。どちらも家から近い場所なので、全景は載せられません。

韓国情報とか一切書いてませんので、ごゆっくりどうぞ。前に載せた写真も含めてあります。

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お知らせだけのエントリー

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25日は、桜を見に行ってきます。ただ、家の近くを何か所か回ってみるつもりで、ブログに写真は載せることが出来ないと思います。午後遅くからの更新になりますので、前もってお知らせ致します。

最近、雑談ばかりだったけど、多くのコメント、ありがとうございます。実は、本の原稿にするために書いたものの草稿ですが、相応の自信を持つ事ができました。

今書いている本には、一部だけですが、(日本のことで)神国という言葉が出てきます。『神国』という単語にはいくつか意味がありますが、単に、神々が宿る国という意味になります。「『宿』る」だけに、ホテルなどに喩えて書いた部分もあり、今まで書いた原稿の中で、一番楽しく書くことができました。まだ終わってないけど。

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「このままだと国中が両班だらけになる」

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18世紀、朝鮮の貴族階級である両班(ヤンバン)が、『さまざまな理由で』増加しました。偽物でも、お金で両班の地位を買う、または両班のふりをする人たちが増えたからです。

朝鮮は賄賂に弱く、文書で民を管理できる国ではなかったため、両班の増加を止める術がありませんでした。朝鮮の儒学者丁若鏞(チョン・ヤギョン)は、当時の身分制度の崩壊を、『身布議』という文書にこう書き残しています。

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日本語の「書く」は「描く」なり

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古い文を今どきの文に訳する場合、字や単語それぞれの意味は間違いなく訳せたつもりでも、結果的には本来の文の意味がまったく伝わらない、または本当に読みづらい訳になることだってあります。だからといって、意訳するにも、どこからどこまでを意訳し、どこをどんな単語で代替すべきか、下手すればオリジナルの価値を損なうことにもなりかねないので、難しいところです。

でも、その文の意味合いをイメージして、同じイメージに合わせると、なんとかなります。「書かれた」文から、「描かれた」文をイメージするなら、時代を超えて、共通のイメージを生み出すことができるからです。もちろん、それは文ですから、絵として目に見えるわけではありません。目に見えるのは文字です。でも、その文が、『字』という絵の具で描こうとしたものを見い出せば、時代を超え、同じ意味を感じ取ることも出来ます。

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記者「コロナ19以外の患者が医療措置を受けられないでいるのでは」→疾病管理本部「その質問はコロナ19防疫と関係ありません」

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本ブログでも紹介した『17歳の死亡』ですが、韓国疾病管理本部は「コロナ19ではない。病院側の誤診だった」と発表しました。ちなみに、ここでいう「病院」とは、A君が最初に訪れた病院ではなく、「危篤」とされて移送された「Y大学病院」のことです。

本部のブリーフィングでも大きな話題になっていた、とのことです。なにせ、中国でも20代の死亡者は1人だけですから。韓国の疾病管理本部のブリーフィングで、記者たちによる関連質問が相次ぎましたが、本部はコロナ19による死亡ではないとしながらも「死因はまだわからない」とし、「A君が、コロナ19のせいで適切な治療を受けることができなかったことについて」という質問には、「コロナ19の防疫と関係ない」と答えました。

疾病管理本部のインタビューをまとめたオーマイニュースの記事でも、『記者たちは納得できなかった』としています。以下、記事から部分引用します。

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河津桜とエメラルド色の海・・開港の街、下田にて

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心の曇りを表すクモリタイマーがピコンピコンと鳴り出したので、下田(伊豆急下田)に行ってきました。海が見たくて行ってみたわけですが、なんと河津桜が綺麗に咲いていました。

下田関連エントリーは2つあります。本エントリーは風景写真だけで、ドール写真の「レナスレ」は1つ前の(古い)エントリーにまとめました。ドール写真に拒否感が無い方は、ぜひそちらも御覧ください。

まず、踊り子号で伊豆急下田に到着。城ヶ崎海岸と温泉が気に入ったのがきっかけで、こちらには何度も訪れました。せっかくだから終点まで行ってみよう、と思ったわけです。

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言葉数

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キリスト教・・というか「ウリスト」教徒だった頃、ソウルのべらぼうに大きな教会に通っていたときのことです。

メインの礼拝が終わった後の、同じ教会内のコミュニティーによる集会では、いつも「神様への祈りは出来る限り詳しく、具体的に」と教えられました。詳しく言えないなら、せめて何十回何百回も繰り返して、長く祈りを捧げる努力をしなさい、というのです。「せめて20~30分は祈れるようになりましょう」とも。私は、5分祈るだけでも時間があまり過ぎで、いつも困っていました。

それに、その後は、出来る限り大きな声でそれを読み上げながら祈りなさい、というのです。しかも、祈りを書いた用紙をランダムで配って、他の人の書いた祈りを読んで、他人のために祈りを捧げるというイベントもありました。それを、出来る限り大きな声で、神様に届くように大きな声で、泣き叫ぶ感じで祈れるようになりましょう、と。

韓国ではこういう「泣き叫ぶ」祈り方を痛声祈祷と言います。「あなたがそんなに苦しんでいるのに、神様があなたを放っておくはずがありません」という理屈のもと、もっともっと「痛い痛い」と叫びなさい、というのです。まずうるさいし、長く祈れといってもすぐネタ切れするし、だからって何度も言うと、「大事な話だからもう一回言いますね」なニュアンスになるじゃないですか。なんか、私の方から神様を困らせるような気がして、恐縮でもありました。

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