「日本の悪いところも書いて欲しい」と言われますと(※追記しました)

「じゃぱんらいふ」エントリーです。

たまーに、「日本の悪いところも書いて欲しい」という意見を目にします。

ごもっとも、と思っています。外から入ってきた人間にしか気づかないこともあるでしょうし、そういうのを「指摘して欲しい」と思うのは、向上心の現れでもありましょう。

今日は、そういう意見についてちょこっと書いてみます。

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弘前ねぷたまつり(浅草)

一昨日いちょう祭りに行ってきたばかりですが、今度は浅草に行って弘前ねぷたまつりを見てきました。

浅草の繁華街を通るわけですからいろいろ制限がある感じでした(スタッフがかなり頑張ったけど、どうしても人が多すぎで道が狭かった模様)。

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神宮外苑のいちょう祭りに行ってきました

最後に一枚だけドールの写真があります。苦手な方はご注意ください

今日は、神宮外苑のいちょう祭りに行ってきました。

2年ぶり、3回目です。

ギリギリで見頃と言ってもいいじゃないでしょうか。大勢の人たちが写真を撮り、絵を描き、おいしいものを食べながら楽しんでいました。

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「白」から「浄」や「潔」の概念を見出すこと

歯科医師という職業柄もあって、仕事での衛生にはかなり気を使いましたが、率直に言って、暮らしも綺麗好きだったのか?といわれると、返事に困ります。

日本で暮らすようになってからは、前より、ずっと綺麗好きになりました。

特に、トイレで座って用(小)を足すようになったのは、自分でも不思議です。日本はトイレと浴室が別々になっているので、韓国みたいにシャワーホースで直接便器を洗う、いわゆる「洗車スタイル」が容易ではないのも理由ではあります。でも、それだけではありません。確実に、汚れを気にするようになりました。

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ゴミがないからゴミが目立つ

韓国にいた時、街を歩いているといつの間にか感じていた、数々の不愉快さ。

それらは、日本に来てからほとんど無くなりました。

不愉快さの存在そのものがゼロになったわけではなく、それらの不愉快を「社会一般の(全般的な)問題」ではなく、「個人の問題」として見るようになったからです。

一つの簡単な例えとして、道に捨ててあるゴミのことがあります。

韓国にいたときには、日本に観光に来ると「街がすごく綺麗。ゴミが無い」と思っていました。比べる対象が韓国と日本だったわけですから。

でも、暮らすようになってから、見方も変わりました。

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街を歩くこと

昨日から、次の本の原稿を書き始めました。発売時期も内容の方向性もまだテスト段階ではありますが、はじめて「日本で暮らすようになってから」を書いた本であるため、新しいスタートを切るつもりでいます。

明らかにネットのブログで始まった著述家暮らしではありますが、「ブログはブログ、本は本」。「ネットはネット、リアルはリアル」。「アニメはアニメ、映画は映画」。私はいつもそのスタンスです。原稿を構成するネタも、ネットとリアルの両方から得ることになります。

根拠や資料、ある種の総合的代弁(マスコミの記事など)を探すには言うまでもなくネットが向いていますが、結局、人々が「何か」の影響をやり取りするメインの場は、リアル、現実です。その「何か」を求めて、結局は街を歩きながらその「何か」からネタを感じ取ることになります。今回の本のような場合は、特にそうです。

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