物価高などで生活が影響を受けているのは紛れのない事実です。一部のデータで「~だから絶対違う」とかそんなふうには書くつもりないし、いままでそう書いてきた記憶もありません。ただ、逆に、一部のデータだけでアブソリュート・ダメ論にするのも間違っているのは同じでしょう。なにかの良いデータ、たとえば日本の株価市場が上がると、「そんなの『私』とは関係ない」という話をする人もいます。しかし、そんな人たちに限って、なにか思わしくないデータが出てくると、「だから『日本』はもう終わりだ」という話をしたがります。中には、あえていうなら「一億層貧困」などというニュアンスをぶつける人もいたりします。私の気のせいならいいですが、どうもそんな人たちが一定数存在するのは事実のようです。数日前、どこの局だったかな、テレビの「流し見」でしたが、ニュースで、1985年と2025年の日本の貿易収支を取り出して「こんなに競争力が弱くなっている」という話をしていました。
ちゃんと見ていたわけではないので番組内でこのデータが出てきたかどうかは分かりませんが、40年前の比較という点は面白かったので、グーグルのAI「ジェミニ」に聞いてみたところ、1985年と2025年の日本の『経常収支(米ドル換算)』は以下の通りでした。1985年: 約501億ドルの黒字(約491億ドル、IMFデータ等により約500億ドル規模と計測)、2025年: 約2,165億ドルの黒字 (約31.8兆円の円建て黒字、年間平均為替レートの1ドル=約140〜145円前後でドル換算するとおよそ2,200億〜2,250億ドル規模)。経常収支は2025年が最大記録だそうです。すなわち、1985年は円安と輸出主導で「貿易黒字」が全体の黒字の大部分を占めていましたが、今は貿易収支は赤字・または均衡状態となり、海外投資の配当や利子による「第一次所得収支」の黒字が全体を大きく押し上げる構造へと変化しています。ちなみに、1985年のドル円為替相場は、年間平均で1ドル=約238円でした。繰り返しになりますがちゃんと見たわけではないので別に番組を批判するつもりはありませんが・・このように「どこをどう見るか」でいくらでも別の顔が見えてきます。特にお金関連は。
そこで、今日は「日本は富裕層が増えつつあり、格差も他国よりはマイルド」という話をしてみたいと思います。UBSの「グローバル・ウェルス・レポート(GWR)2026」の最新データから、日本のミリオネア(こういうのは基準が重要ですので、後で書きます)についてのデータを引用してみます。新NISAなどの影響もあるのか、かなり良い結果が出ています。先の収支の話も、「競争力の問題」が嘘なのかというと、そうではないでしょう。改善していくべき問題と認識したほうが肯定的でしょう。同じく、この話も、別に「富裕層増えているからいいじゃん」という極端な結論にするつもりはありません。いま格差が増えつつあるのに「他国よりマシ」で済むはずもありません。ただ、「思わしくない話にかぎって、下手に『日本』を主語にしてすべて一括りにしたがる意見」が浅はかなものだという、そんな話がしたいだけです。以下、グーグルのAIジェミニの協力のもと、レポートを「自分観点」でまとめてみました。なんといつもの約2倍、メガテラ長いですが、ゆっくりして(読んで)いって(ください)ね。
<<・・このレポートのデータを丁寧に読み解くと、「日本=一億総貧困化」という極端な言説が、いかに部分的で視野の狭いものであるかが明確に浮き彫りになります。また、日本でも格差が緩やかに広がっているのは事実ですが、国際比較を行うことで「日本が持つ分配の健全性(中間層の厚さ)」という強みもデータとしてしっかりと証明できます。結論から書きますと、UBSが定義する「ミリオネア」の基準と日本の最新現状ですが、まず「基準の定義」は、米ドル建て(100万ドル=約1.5億円)の「純資産(金融+不動産-負債)」。 日本の現状は、世界第3位(290.2万人)のミリオネア大国で、その数も増加しています。格差拡大という現実は認めざるを得ないものの、「一億総貧困」ではなく「緩やかな富の底上げと、依然として強固な中間層」という側面の話です。
近年のメディアやSNS、あるいは世論の動向を見ていると、「日本は衰退した」「日本人はどんどん貧しくなっている」という悲観的な言説が主気流を占めているように感じられます。実質賃金の伸び悩みや物価高といった日々の生活感覚がその背景にあることは間違いありません(なにせ、ついこの前までデフレだったので)。しかし、こうした一面的な見方だけで「日本全体の経済力や国民の資産状況」を総括してしまうのは、いささか視野が狭すぎるのではないでしょうか。スイスのUBSが毎年発表している『グローバル・ウェルス・レポート(Global Wealth Report)』を詳細に紐解いていくと、世間で騒がれている「一億総貧困化」とは全く異なる、日本のもう一つのリアルな姿が見えてきます。
まず議論の前提として、UBSのレポートが言う「富裕層(ミリオネア)」とは、純資産、すなわち金融資産(現金・預金・株式・債券等)+ 非金融資産(不動産・土地等)-負債(住宅ローン・借入金等)の合計が、「100万米ドル(USD)以上」ある成人個人のことです。現在の為替レート(1ドル=150円前後)で換算すると、日本円で概ね「純資産1億5,000万円以上」を保有している人がこれに該当します。これらは、超巨大な富を持つビリオネア(億万長者)とは異なり、レポート内で「EMILLI(Everyday Millionaires=エブリデイ・ミリオネア)」とも呼ばれる、実直な資産形成によって富を築いた層が多く含まれるのが特徴です。
各国のミリオネア数ランキングは・・1位:米国(23,627,000人、圧倒的) 2位:中国(5,305,000人) 3位:日本(2,902,000人) 4位:ドイツ(2,648,000人) 5位:英国(2,428,000人)などなど、です。日本には、米ドル建てで100万ドル以上の純資産を持つミリオネアが約290万人存在し、米国、中国に次ぐ世界第3位の「ミリオネア大国」としての地位を堂々と維持しています。しかも、直近の1年間だけで日本国内のミリオネアは3万人以上増加しています。欧州の経済大国であるドイツや英国、フランスらを抑え、アジアの、そして世界の富の大きな拠点が未だこの日本にアンカー(定着)しています。
この「国内でミリオネアが増加している」という厳然たるデータは、「日本人は一様に貧しくなりつつある」というステレオタイプな言説に対する強力な反証となります。なぜ、多くの人々が「貧困化」を叫ぶ一方で、データは「富裕層の拡大」を示しているのでしょうか。ここには、視野を狭くさせてしまう二つの罠があります。
一つ目の罠は、「為替(円安)マジック」による錯覚です。近年の歴史的な円安トレンドにより、日本円の価値が外貨に対して目減りしたため、ドル建てで換算する国際比較において、日本のGDPや1人あたり資産は目減りして見えやすくなっています。しかし、これは「日本国内にある実質的な資産や購買力がそのまま縮小した」ことを意味するものではありません。むしろ、日本国内の多くの富裕層や中間層は、インフレや円安に対抗するために「日経平均株価やTOPIX、あるいはS&P500やNASDAQなどの海外インデックスファンド」への投資を近年加速させています。結果として、株高の恩恵をダイレクトに受け、日本国内での円ベースの資産はむしろ力強く拡大しているのです。
二つの目の罠は、「主観的な生活実感」と「マクロ経済の資産規模」の混同です。確かに、賃金の上昇が物価高に追いついていないこともあって、日々の生活は苦しくなっているかもしれません。しかし、経済全体を見渡したとき、日本には過去数十年にわたって蓄積されてきた広大な「個人金融資産(約2,100兆円超)」が存在します。高齢層から現役層への実直な資産承継や、新NISAなどを活用した現役層の投資マインドの広がりによって、着実に「持てる者」の資産は増え、その一部が毎年新たにミリオネアの領域へと足を踏み入れています。「日本人は貧しくなった」と一括りにする主張は、こうした「投資や資産形成によって富を拡大させている数百万人規模のダイナミックな中間層・富裕層の動き」を完全に視野から排除してしまっています。日本経済は、決して全員が沈み込んでいる泥船ではなく、自律的に富を拡大させている強固なセクターを内包した、底力のある経済体であるという複眼的な見方こそが、データに裏付けられた正当な視点と言えるでしょう。
しかし、いくら(きりっ)と書いても、「ミリオネアが増えているのは、一部のお金持ちがさらに富を独占し、格差が広がっているからではないか。それこそが普通の日本人が貧しくなっている証拠だ」という意見は常にありますし、また、その意見が間違っているわけでもありません。しかし、確かに日本国内でも緩やかに格差が拡大していることは事実ですが、「他国と比較したときの、その格差の度合い(グラデーション)」が良好なのもまた事実です。日本も格差が広がっているとはいえ、欧米や他の主要国に比べれば、「依然として資産の分配が平等な方の国である」ということが、同レポートの「平均値」と「中央値」の関係から鮮やかに証明できます。
ここでいう平均値(Average)とは: 国全体の資産総額を人口で単純に割ったものです。一部の超大富豪(ビリオネア)がとんでもなく大きな資産を持っていると、全体の数値が実態以上につり上がります。中央値(Median)とは:資産の少ない人から多い人まで、全員を順番通りに一列に並べたとき(最初に立つ人が資産がもっとも多く、最後の人がもっとも少ない、など)、「ちょうどその列の真ん中に位置する人」の資産額のことです。これは平均に比べると「超」富豪の影響を受けないため、もっと「一般的な」数値が出ることになります。もし、一部の富裕層が富を独占して格差が極限まで広がっている国であれば、「平均値は非常に高いのに、中央値は極端に低い」という歪んだ現象が起きます。逆に、社会全体に富が比較的行き渡っている平等な国であれば、「平均値と中央値の差が小さく、中央値そのものの順位が高く」なります。
以下は、最新の「グローバル・ウェルス・レポート 2026」における「成人1人あたりの資産中央値(Median Wealth Per Adult)」のランキングです:うまく表示できていると言いですが・・
| 国名 | 資産中央値(世界の順位) | 資産平均値の特徴・格差の構造 |
| ルクセンブルク | 約394,000ドル(1位) | 圧倒的な富裕国。中央値も世界トップ。 |
| オーストラリア | 約211,000ドル(3位) | 伝統的に中間層が非常に厚い国。 |
| 日本 | 約136,000ドル(10位) | 平均値の順位に対して、中央値の順位が極めて高い。 |
| イタリア | 約131,000ドル(11位) | 欧州の中では比較的格差が穏やか。 |
| 米国 | (トップ10圏外) | 平均値は世界2位(約696,000ドル)だが、中央値は暴落。 |
世界最強の経済大国である米国は、1人あたりの「平均資産」で見れば約70万ドル(約1億円)という圧倒的な数値を誇ります。しかし、その富のほとんどは上位数%の富裕層やテック企業の創業者らに集中しているため、「中央値(真ん中の人)」の順位は大きく下がります。つまり、米国は「平均値は高いが、一般庶民はデータほど豊かさを実感していない格差社会」の典型です。スイスなども同様の傾向(平均値1位に対し、中央値は8位に後退)が見られます。
日本は為替の影響などもあり、「平均値」のランキングでは欧米のトップ集団に遅れをとっているように見えます。しかし、富の分散度を示す「中央値」になると、世界第10位という極めて高いポジションに跳ね上がるのです。これは、日本の「真ん中の人」が保有する純資産(13.6万ドル=約2,000万円)が、世界的に見てもトップクラスに高い水準にあることを示しています。つまり、一部の超大富豪が富を独占している他国に比べ、日本は「中間層(アッパーミドル層を含む)のボリュームが非常に厚く、社会全体に富が平べったく、健全に浸透している国」であることの証明に他なりません。日本でも格差が広がっているというのは事実ですが、それは「他国の容赦ない格差社会に比べれば、はるかに穏やかで、防波堤が機能している状態での変化」であるという文脈(コンテキスト)を忘れてはならないのです。
「日本人は貧しくなった」という一方的な主張は、人々の不安を煽るキャッチコピーとしては優秀かもしれませんが、マクロ経済の実態を捉える上ではあまりに解像度が低すぎます。UBSの「グローバル・ウェルス・レポート 2026」が提示したデータから私たちが導き出すべき結論は、以下のような包括的でレジリエンス(立ち直る強さ)に満ちた見方です。日本は今、少子高齢化やデフレ脱却という難題の中にあり、国内で経済格差が進行していることも事実です。資本主義の性質上、投資を行う層と行わない層の間で、資産の二極化が進むのは避けられない現実です。しかしその一方で、日本経済には世界第3位となる290万人ものミリオネアを生み出すだけの、強固な資産形成の土壌が今なお息づいています。そして何より、国全体の富の分配構造を国際比較したとき、日本の中央値の高さは、他国が羨むほどの「中間層の分厚さと社会の安定性」を証明しています・・>> 多分、字数からしてシンシアリーのブログ最長記録でした。(ジェミニが)頑張ったので、2回分ということにしてください。今日の更新はこれだけです。次の更新は明日の11時頃になります。
ここからはいつもの告知ですが、新刊のご紹介です。いつも、ありがとうございます。今回は、<韓国リベラルの暴走>という、李在明政権関連の本です。新政権での日韓関係について、私が思っていること、彼がいつもつけている国旗バッジの意味、韓国にとっての左派という存在、などなどを、自分自身に率直に書きました。リンクなどは以下のお知らせにございます。
・皆様のおかげで、こうして拙著のご紹介ができること、本当に誇りに思います。ありがとうございます。まず、最新刊(2025年8月30日)<韓国リベラルの暴走>です。韓国新政権のこと、日韓関係のこと、韓国において左派という存在について、などなどに関する本です。・準新刊は<THE NEW KOREA>(2025年3月2日)です。1920年代、朝鮮半島で行われた大規模な社会・経済改革の記録です。原書は1926年のものです。・既刊、<自民党と韓国>なども発売中です。岸田政権と尹政権から、関係改善という言葉が「すべての前提」になっています。本当にそうなのか、それでいいのか。そういう考察の本です。・詳しい説明は、固定エントリーをお読みください。・本当にありがとうございます。